プロのキックボクサーは
日曜日以外の周6日ジムワークを行っています
この周6回の練習
身体の声を無視して行うと
強くなるどころか
パフォーマンスがどんどん落ちていきます
魔裟斗の理論
格闘代理戦争では
魔裟斗が沢山の金言を残しています
第1回格闘代理戦争のオーディションで
魔裟斗が選んだのは松村
松村は地方からK-1ファイターを夢見て
やる気に満ち溢れており
仕事も辞めて上京
「仕事をしていた時間を全て格闘技に使おうと思っている」
と話す松村
しかし、魔裟斗は
「そんなに練習したら逆に弱くなる」
と一言
回復力に長ける10代なら
いくらでもハードな練習が出来るが
特に当時25歳だった松村の年齢を考慮した発言
魔裟斗が提唱するのは
「練習は1日2時間」
「練習は最大12Rまで」
「残りの22時間は回復や考える(戦術を)時間に使う」
これは魔裟斗自身の経験談
魔裟斗ほど練習している選手はいないと評された若手時代
K-1中量級設立の為
なにがなんでも倒さなければいけなかったフリー期間
日本人初のK-1王者になる為
連日6時間の練習
- ボクシング
- キックボクシング
- ウエイトトレーニング各2時間)
あまりの疲労感に
ジムの階段でよろけて座り込んだり
血尿が出るほど壮絶なものだった
3回目王座挑戦に失敗を機に引退を決意するも
土居トレーナーの激励もあり
2006年より
科学的トレーニングのスタイルに変更
回復が追い付いていない状態で
行われていた練習だったが
練習時間を短くすることにより
回復時間が増えパフォーマンスを上げていく
練習メニューを減らすのではなく
長い時間行っていた練習を
短くこなすので濃厚になる
血液検査をして数値化することにより
練習メニューを調整するほど洗礼されているものだった
最近では元K-1ファイター皇治選手が
魔裟斗の現役時代のメニューと同じものを
やらせてもらったと話していましたよね
「光栄なことに同じメニューをやらせてもらいました」
「あの人(魔裟斗)おかしいんちゃいます?笑) 皇治
【K-1】皇治、魔裟斗と同じメニューの合宿を敢行「俺が負けたらK-1終わります」 – eFight【イーファイト】格闘技情報を毎日配信!
現役ファイターに言われるほど
ハードな練習だったのがわかりますよね
科学的トレーニングに変更
スタイル変更後は
アンディー・サワー
ブアカーオの2強と同じく
スロースターターに変貌を遂げる
※ラウンドを重ねるにつれて、どんどんエンジンが掛かり手数が増えることを指す
多くのキックボクサーは
3分3Rをスタミナを消耗させながら戦うが
スロースターターは無尽蔵のスタミナを手に入れることで得られるスタイル
とは言っても最初から極端に手数が少ない訳ではなく
どんどん手数が止まらなくなり
ラッシュのようなコンビネーションを打てる
2007年には当時最強と言われたブアカーオをパンチで倒し
2008年には2度目の世界王者に返り咲く
小比類巻の現役時代

逆に小比類巻の練習と言えば本当に根性論(精神論も)
精神的に強くなるために
腕に線香の束を押し付けて消すという荒行は有名
高架橋下でコンクリートの柱を蹴り続けたり
(もちろん靴を履いてだと思うが…)
鬼の黒崎道場では
30分間ローキックを蹴り続けるなど
もう鬼
しかも師範は2階にいて
1階で練習している小比類巻のサンドバック音を聞いて
サボってないかチェックしていたんだとか
第1回日本トーナメントで
魔裟斗と同じく鼻を骨折したにも関わらず
手術には直行せず
大会翌日
道場の掃除を命じられるなど
本当に根性論だったと思う
黒崎道場時代の戦績も振るわず
小比類巻が逆転負けする試合では
石井館長が厳しいコメントを残している
「馬鹿野郎と言いたい」
「練習環境を変えるべき」
後に道場を退会し
前田憲作が率いる
チームドラゴンでの練習に専念
蹴り技に長ける小比類巻だが
手数が少なく
ボクシングテクニックに課題を残していた
専属のボクシングトレーナーを招集したりと
小比類巻も根性→理論に変更
これが功を奏し連戦連勝
もともと得意な足技に更に磨きをかけた
プロ格闘家の様なことは到底できませんが
彼らから学び取り入れることは沢山あると思います
仕事もトレーニングも合理的かつ効率的に行いたい



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