~魔裟斗全日本キックデビューから全日本ウェルター級王座獲得までの足跡~

魔裟斗

 



プロデビュー戦


会長から

ファイトマネーではなく

チケットを6枚手渡される(1枚¥5000)

最初のうちは

自分で手売りしたものが収入になるという

厳しいものだった

デビュー戦が決まったことを

両親に話し

チケットを2枚手渡す

母親がチケット代を手渡すも拒否

今まで迷惑を掛けたことと、感謝を伝える

チケットは残り4枚

売る自信もなかったし

自分で売ることが恥ずかしいと感じた魔裟斗は友人に相談する

すると友人は

「みんなで応援団作って応援に行くから100枚くらい持ってこい」と申し出される

チケットを代わりに手売りしてくれる友人への感謝から

涙がこぼれそうになり魔裟斗はKO宣言するのが精一杯だった

リングネーム 魔裟斗誕生


デビュー戦にあたり

リングネームを決めなければならないが

加藤会長が勝手に決める

※この魔裟斗の字画数は徳永家康と同じでいつか天下を取れる

という意味が込まれている

しかし本人は暴走族みたいで嫌だったが

活躍したらリングネームを変えようと考えていた

しかし、皆さんご存知引退まで変更することはなかった

※因みに魔裟斗は第二候補で

第一候補は藤 三海三(ふじ さんかいざん)だった

魔裟斗は藤 三海三だったら出世しなかったかも(笑)」と語っている

デビュー戦

試合当日

寝ないで朝まで夜遊びしたまま会場へ向かう

客席には不安そうな表情の両親と

地元の100人近くの応援団

アマチュア時代と変わらず

殆ど練習をしていなかったので

パンチ主体で対戦相手に襲い掛かる

右フックで相手がグラついたところに

顔面への膝蹴りで見事1RKOで飾る

会場の歓喜と歓声を送る両親・友人たちを目にすると

「キックの世界はたいしたことねえ!もっと勝ってチャンピオンになるか!」

といった具合だった

小比類巻にTKO負け 

2戦目にして

セミファイナルを飾ることとなる


対戦相手は期待のホープ小比類巻貴之


この試合も朝まで遊んで寝ないで試合に臨む

魔裟斗はいつも通りボクシング主体で戦うも、小比類巻の長いリーチと蹴り技に徐々にペースを奪われる

3R

小比類巻の突き刺すような膝蹴りに根性だけで立っていた魔裟斗がとうとうダウン


そして首相撲からの

膝蹴りによる3度のダウンでKO負けを喫する

後に日本人相手に唯一のKO負けとなる

覚醒

試合後はショックで

家に引きこもり

2戦目にして引退を決める

藤ジムへ退会届けを出しに行くと

加藤会長から

前田憲作 の元へ出稽古への誘いを受ける

前田憲作は

ファッション誌の表紙を飾ったり女性ファンが多い選手だった

そんな前田に憧れていた魔裟斗は

即引退を取り消し

喜んで前田のジムを訪ねる

ジムには専属のタイ人トレーナー

チャーンがいて

前田の家に住み込んでもらっていた

前田との挨拶を済ませると早速トレーニング開始

近くの公園で1時間走ってから

タイ人トレーナー、チャーンの構えるミットを打つ

インターバル中でも腕立て伏せを命じられる過酷なものであった

そんな1日目の練習を終えて

魔裟斗はキックを辞めることを考えていなかった

それは華やかな前田の姿しか知らなかったが

実際はこんなにも辛い練習をしていたのを目の当たりにしたことで

感銘を受けたこと

藤ジムではろくにキックを教えてもらえなかったのが

チャーンの指導によりキックの上達を感じられるからだった

しかし苛烈な練習により脛がえぐれ

そこから腫れてしまい

重度の肉離れにより入院、数カ月の練習禁止となる

入院中に前田が

全日本キックを退団し

フリーとなりジムも消滅してしまう

完治後

藤ジムへ戻ると

魔裟斗はプロとしての自覚を前田から学び

別人のように練習に取り組む

※当時無名だったが

魔裟斗が練習を始めると

ジムを通り過ぎる人が足を止め

人だかりができたという程

迫力のあるものだった

格闘技関係者からは

魔裟斗ほど練習している選手はいないと評されていた

連勝街道 タイへ武者修行

そして10カ月ぶりの復帰戦を勝利で飾ると

そこから5戦全勝と連勝街道

しかしいずれも判定決着によるもので

魔裟斗はKOできないことへの苛立ちが高まる


更なる強さを求め

単身でムエタイの聖地、タイへ旅立つ

ジムでは日本人がムエタイを習いに来たのかと邪魔者扱いされる

デコボコのキャンバスのリングと

恵まれた環境ではなかったが

黙々と練習に取り組む

夜はムエタイの技術習得の為

スタジアムに足を運ぶ

そんな中

偶然にも前田憲作のトレーナーをしていた

チャーンと再会する

事情を話すと

宿泊費が勿体無いと自宅に招待してくれ

自らトレーナーを買って出てくれた

それからは

日曜以外の朝と夜の2回のトレーニング4時間をこなす

練習後、チャーンはムエタイの賭けに行くので

屋台で食事を済ましていた

そんな生活を1カ月続け日本へ帰国する

 



全日本ウエルター級王座獲得

全日本ウエルター級タイトル戦に挑む


相手は千葉 友治

武者修行の効果により圧倒的な強さでパンチ連打によるKO勝利を飾る

※千葉とは3戦目に戦い、判定勝利している

※このとき若干20歳であった

全日本キックを退団

そして更なる高みを目指し

WKA世界ウエルター級タイトルに照準を合わす

世界を相手に戦うには

更なる強さが必要と感じ

再びタイへ武者修行へ向かう

コーチは前回と同じ

チャーンのもとで練習に身を投じる

武者修行後

外国人選手を相手に5連勝

タイトル戦が目前に迫っていたが

魔裟斗はキックの待遇にうんざりしていた

チャンピオンなのにキックがマイナーな競技な為

年8試合こなして食べていくのが精一杯だった

その反面

K-1ヘビー級は

優勝賞金プラス2500万円の高額なファイトマネーがもらえ

悠々自適な生活をしている

キックボクサーの大半は

仕事をしながら生活している現状を変えなければならないと決意する

藤ジムに退会届けを出し

全日本ウエルター級タイトルを返上し退団し、フリーとなる

全日本では

次戦モハメド・オワリを予定していた

ウルフレボリューションへ続く。

 



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